« 煩悩を断たないでいいのなら楽な教えだ | トップページ | 大きくなりました! »

2009/07/08

自ら煩悩を断ち切らないまま、浄土でさとりを得ることが できる

Fudan_4


前回の続きです。

「自ら煩悩を断ち切らないまま、浄土でさとりを得ることが

できる」
のは、他力信心の人が阿弥陀さまによって知らされ

たことなのです。

昔は、風邪をひいて鼻を詰まらせた幼子の息苦しさを見るに

見かねた母親が、思わず子どもの鼻水を自らの口で吸い取っ

てやるということがありました。

母親にとっては、子どもを救う喜びに満ちていて、汚いものを

吸い取ることにさほどの苦痛を感じません。

けれども、鼻水は汚いものに決まっています。

それが証拠に母親も吸い取った後は吐き出すのですから・・・。

煩悩そのものは、汚いもので、捨てるべきものです。

しかし、幼子が自ら鼻水を取ることができないように、捨てるべ

き煩悩を自ら捨てることのできない凡夫の為に、たまりかねた

阿弥陀さまが浄土に生まれさせて煩悩を断じ尽くしさとり得させ

ようとされるのです。

したがって、「自ら煩悩を断ち切らないまま」とは、本来は捨てね

ばならない煩悩であるにもかかわらず、阿弥陀さまのはたらきに

よって仏になっていく私にとっては、煩悩が往生の障害にはなら

ないことを示しています。

そして命終わった後、直ちに「浄土でさとりを得ることができる」

こととなるのです。(了)

ひらがな正信偈

ひらがな正信偈

著者:森田 真円
販売元:本願寺出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


|

« 煩悩を断たないでいいのなら楽な教えだ | トップページ | 大きくなりました! »

お言葉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1226551/30453185

この記事へのトラックバック一覧です: 自ら煩悩を断ち切らないまま、浄土でさとりを得ることが できる:

« 煩悩を断たないでいいのなら楽な教えだ | トップページ | 大きくなりました! »